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HABって何?-設立の経緯
私どもHAB研究機構は、医学・薬学関係者らの専門家有志によって1994年に設立された任意の団体「HAB協議会(Human & Animal Bridge Discussion Group)」を先駆けとして、2002年7月11日に内閣府より認証されたNPO(=特定非営利団体)法人です。
HABには、ヒト(Human)と動物(Animal)の架け橋(Bridge)、という意味があります。
一般の方へ-HABって何?-活動について
HAB研究機構では、ヒト由来試料の有用性を広く実証するために、研究者向けにNational Disease Research Interchange(NDRI)との国際協定に基づき開発研究へのヒト試料の供給を行っております。
各組織には、NDRIからの証明書と、研究目的に使用することに関するインフォームド・コンセントが添付されています。
また、ヒト由来試料を用いた研究の実施については、外部識者からなる倫理委員会において厳正な審査を受けることが科せられています。
さらに、HAB研究機構では一般市民の方々への啓蒙活動も積極的に行っております。2003年からは、「健康と薬に関する市民公開シンポジウム」を初め、年2回春と秋に開催しております。2006年4月からは定期冊子「HAB市民新聞」の発行も開始しました。ヒト組織の利用について一般市民の方々に理解を深めていただくため、今後とも積極的に活動してまいります。
一般の方へ-HABって何?-ヒト組織を利用した研究が必要な理由
- 新しい薬や治療法の開発がまだまだ必要!
これまでにさまざまな病気の新しい治療法や新薬が開発され、医療界においては大きな進歩がありました。しかし、ガンや糖尿病、認知症など今でも特効薬が待たれる病気もまだまだ多く存在し、21世紀への課題として残されてきました。
これらの病気は、これまでの研究方法では特効薬が出来なかったものといえます。
したがって、特効薬の開発には新しい方法を考えなければいけません。- 医薬品開発のプロセス
医薬品の開発は、微生物や植物などから新規物質を探索したり、新しい化合物を合成する基礎研究から始まります。次に薬として可能性のある物質は実験動物を用いて、有効性と安全性、そして薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)に関する非臨床研究を行います。そして非臨床試験で有効性や安全性を確認された候補薬は健常人ボランティア、そして患者ボランティアで安全性、有効性に関する臨床研究を経て当局による審査となります。
- ヒト組織の活用でより安全な医薬品へ
1980年代は非臨床試験つまり実験動物で有効性や安全性を確認した候補薬が、臨床試験の段階で開発中止となるケースが非常に多くありました。また、1990年代に入ると承認され大規模の患者に処方されるようになって始めて、臨床試験では検出できなかった副作用が問題となることがありました。ちょうどその頃、欧米では移植医療の普及にともない、移植不使用の臓器が研究に供されるようになり、ヒト組織、細胞を用いた薬物相互作用が実験動物との種差の問題を克服できることがわかり、欧米当局は医薬品の開発段階で、ヒト組織を用いた試験を求めるようになりました。
- ヒト組織を使用した研究によって新たな治療法を開発
20世紀後半から、難病へのアプローチとして分子生物学的な研究が欧米を中心に行われるようになりました。これは、患者さんの組織を用いて遺伝子やたんぱく質の解析をするものです。そして、今後有効な治療法が発見されることが期待されています。また、最近ES細胞やiPS細胞といった言葉がマスコミでも紹介されていますが、再生医療の研究では、臓器を再生して治療に応用する手法が期待されています。
- 研究者を支援し、そして人々のために。
HAB研究機構は、身の回りの病気の治療から難病の克服を目指して、市民の皆様に病気の最新の治療法や医薬品開発の情報を発信し、製薬企業と大学の研究者には研究のための貴重な試料を供給する活動を行っています。
一般の方へ-HABって何?-ヒト組織を取り巻く問題点
- ヒト組織供給が少ない日本の研究環境
欧米で移植医療が普及し始めた1990年代は、日本ではまだ移植医療が普及していなかったこともあり、研究に供することのできるようなヒト組織がありませんでした。そこで、当時の厚生省は1997年に専門委員会を設置し「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方」として検討し、厚生科学審議会答申(1998年)がまとめられました。同委員会では、「新医薬品の研究開発において、薬物の代謝や反応性に関しヒト-動物間に種差があり、動物を用いた薬理試験等の結果が必ずしもヒトに適合しないことがある。ヒトの組織を直接用いた研究開発により、人体に対する薬物の作用や代謝機序の正確な把握が可能となることから、無用な臨床試験や動物実験の排除、被験者の保護に十分配慮した臨床試験の実施が期待できるとともに、薬物相互作用の予測も可能となる。また、このように新薬開発を効率化するだけでなく、直接的にヒトの病変部位を用いることによって、疾病メカニズムの解明や治療方法、診断方法の開発等に大きく貢献できるものと期待される。」として、ヒト試料の有用性を認め、その検討経緯を「専門委員会では、医薬品の研究開発における有効性・安全性評価のためにヒト組織を用いる場合について、また、欧米では主要な供給源である移植不適合の組織が我が国においては法令により使用不可能なことから、手術等で摘出されたヒト組織の利用について、検討を行うこととした。」としています。しかしながら、外科手術は、がんやその他の重篤な患者を対象にした治療法であり、術中出血を最小限とするため、摘出を予定している組織の周りの血管は結紮され、長時間阻血下におかれるため、その結果、タンパクや遺伝子は変性してしまい、研究に供せる組織は多くはありません。
- 移植目的の臓器が焼却処分される日本の状況
米国では、脳死ドナーから摘出された臓器が医学的な理由で移植不使用と判定された場合研究転用することが可能です。翻ってわが国では臓器の移植に関する法律(1997年施行、2009年改正)および厚生労働省令で、摘出された臓器で移植不使用とされたものは焼却処分しなければならないと規定されており、研究に供することが出来ません。厚生科学審議会答申(1998年)においても「移植不適合臓器については、現行法上、研究開発に利用することは不可能であるが、臓器移植法の見直しの際には、諸外国と同様に、それらを研究開発に利用できるよう検討すべきである。」とされていますが、2009年の見直し、改正時にはこの答申はいかされず、現在にいたっています。HAB研究機構では、人試料委員会を設置し、この問題を検討し、わが国でのヒト臓器、組織を用いた研究の在り方を検討してきております。
- 日本人のヒト組織が必要な理由
お酒を例に考えてみましょう。宴会などの場では、お酒をいくら飲んでも顔の色ひとつ変わらない人、真っ赤になって上機嫌な人、そしてさらにトイレでもどしている人がいることは良く知られています。これは、アルコールは肝臓の酵素の働きでアセトアルデヒドに変わりさらに、アセトアルデヒドは無害な酢酸に代謝されますが、このアセトアルデヒドを代謝するALDH2という酵素には遺伝多型とよばれる3つの型があり、酵素の活性が強い人(お酒を飲んでも全く顔色がかわらない)と弱い人(顔が赤くなる人)、そして酵素を欠損している人(トイレでもどしている人)がいます。欠損している人はアセトアルデヒドの血中濃度が高まり動悸、頭痛、悪心、嘔吐といった神経毒性症状を示すのです。自分がどの型を持っているかは親から受け継ぐ遺伝子の組み合わせによって決まっています。「この遺伝多型はアジア系にのみみられる特徴で、白人や黒人にはみられません。これを人種差といいます。
そして、薬を代謝する酵素にもこの人種差が知られているのです。例えば、精神安定剤や抗潰瘍薬を代謝するCYP2C19という酵素には遺伝多型が報告されていて、日本人の約20%で遺伝的に欠損しているのに対して、白人の欠損率は5%以下とアルコール代謝に似たパターンをもっています。「つまり、日本人に5人にひとりがこの薬を服用すると副作用が高頻度で起こる可能性があり、より安全な薬の開発には、日本人特有の副作用を調べることが重要で、日本人の肝臓で調べないと正確には分からないこととなるわけです。
一般の方へ-HABって何?-ヒト組織を利用した研究成果
なぜヒト組織を利用した研究が必要なのでしょうか?
それは、ヒトと動物には薬物を分解する代謝酵素に大きな差(種差)があるからです。
ここでは、ヒトと動物の違いの実例を紹介し、ヒト組織を利用した研究によって実現した成果について説明します。
- 毒から薬へ~人と動物で違う薬の効果(1)
ワルファリンは、抗凝固剤(いわゆる、血液をサラサラにする薬)として、脳梗塞などの予防のため多く処方されています。しかしこのワルファリンはもともと殺鼠剤として使われていたのです。
ワルファリンの発見は1920年代にカナダの牧場で起こった牛の大量死事件にまでさかのぼります。牧場で牛が次々と出血死して、調査団が入り原因を調べたところ、当時カナダの牧場ではスイートクローバーという牧草を飼料として牛や羊に用いていましたが、このスイートクローバーが腐ると有害なジクマロールという物質が生成して、それを食べた牛が出血死したことという原因を突き止めました。
その後、食べると血が固まらなくなるというジクマロールの毒性を利用して、ジクマロール、さらに作用が強力なワルファリンも合成され殺鼠剤として販売されました。
1951年になると、このワルファリンに転機をむかえました。アメリカの軍人がこの殺鼠剤を飲んで自殺を試みたのですが、死にいたらなかったのです。その後の研究で、ネズミや牛と異なり、人間ではワルファリンは肝臓ですぐに分解されることがわかり、ワルファリンの体内での濃度が低く抑えられ、重篤な出血にいたらなかったということだったのです。
すぐにこの作用は脳梗塞など血液が凝固することによって起こる病気に応用できないだろうかということで研究がはじめられ、1954年にアメリカで薬として承認され、薬としてデビューしました。時の大統領アイゼンハワーが発作を起こしたときに処方され、一命を取り留めたというエピソードがこのデビューを飾り、全世界で使われるようになりました。- 効かない薬~人と動物で違う薬の効果(2)
医薬品の開発は、微生物や植物などから新規物質を探索したり、新しい化合物を合成する基礎研究から始まります。次に薬として可能性のある物質は実験動物を用いて、有効性と安全性、そして薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)に関する非臨床研究を行います。
非臨床試験で有効性や安全性を確認された候補薬は健常人ボランティア、そして患者ボランティアで安全性、有効性に関する臨床研究を経て当局による審査となりますが、1980年代は非臨床試験つまり実験動物で有効性や安全性を確認した候補薬が、臨床試験の段階で開発中止となるケースが非常に多かったのです。イギリスの7社による1964年から1985年の20年間で198もの候補薬が臨床試験に入ってから開発を断念することとなりました。
実験動物には効いてもヒトには効かない薬を開発していたのです。- 薬物相互作用~ヒト組織を使った副作用の予測
1990年代に入ると、基礎研究、非臨床研究、そして臨床研究を経て当局による審査を受け、承認された医薬品が多くの患者に使われるようになって始めて問題となる例が増えてきました。2004年の調査によると、世界で販売された医薬品のうち、のちに販売中止となった医薬品は309種類にも及び、そのうちの91種類が副作用を理由に販売中止になったということです。これらの医薬品はいずれも長い年月を掛けて研究され、当局によって審査、承認されたわけですが、この段階では副作用が予測できなかったのです。
臨床試験では、健康なボランティア、そして限られた数の患者で候補薬を飲んで、有効性や安全性を研究しますが、承認され、一般に使われるようになると、様々な背景の人に処方されることになります。例えば、高齢者は肝臓や腎臓の機能が落ちていることがありますので、服用した薬の代謝、排泄が遅くなり、副作用がでてしまう。また、高血圧、糖尿病といったいくつもの病気を抱えている患者は、複数の薬を服用していて、薬物相互作用(飲み合わせ)による副作用が起こってしまうのです。
薬物相互作用にはいくつかの異なるメカニズムに起因していますが、薬物代謝酵素の阻害に基づくものが多いことが分かってきました。服用しているA薬とB薬が同じ酵素によって代謝されるとき、A薬の方がより早く代謝され、B薬の代謝が阻害されてしまい、結果としてB薬の血中濃度が上がり、副作用が発現するのです。
そのため、HAB研究機構では、保管していた10人分の肝臓からミクロソームという酵素画分を調製し、製薬会社31社の協力を得て、同一ミクロソーム、同一プロトコールを用いて、それぞれの会社が販売している医薬品の阻害定数(Ki値)を測定し、データベースとして公表しました。(薬物相互作用データベースプロジェクト)
また、その後グレープフルーツジュースといった、飲み物、食べ物に含まれる成分も、肝臓でこの薬物代謝酵素を阻害することが分かってきました。- 安全性研究~ヒト組織を活用した安全性の確認
ヒト肝臓画分を用いた研究は安全性研究分野でも行なわれるようになりました。
創薬研究の非臨床研究では、Ames試験とよばれている変異原性試験を行ないます。変異原性試験とは、候補薬物、化合物が体の中でDNAに変化をひき起こす作用を持っているかどうかを試験するものですが、候補薬物は肝臓で分解される過程で変異原性を有する活性代謝物とよばれる物質に変化することがありますので、酵素源として昔からネズミの肝臓から調製した画分(S9)を使ってきていました。
そこで、HAB研究機構では、薬物相互作用データベースプロジェクトに引き続き、ヒト肝S9を用いたAmes試験研究班を組織し、50種類もの薬物、化合物の試験を行なった結果、従来強力な変異原性物質と考えられていた焼き魚の焦げやタバコの煙に含まれるベンゾ[a]ピレン(Benzo[a]pyrene)、落花生のカビに含まれるアフラトキシン-A1 (Aflatoxin-A1)はヒトではほとんど変異原性が無いことが示されました。
「魚の焦げた部分を食べるとガンになる」と一時は騒がれましたが、この研究によってほとんど害がないことが実証されたのです。
一般の方へ-HABって何?-ヒト組織提供のガイドラインについて
- 研究倫理の基礎知識
ヒトゲノム・遺伝子解析研究から、難治性疾患の標的分子が明らかとなり、様々な標的薬が開発されてきた。Precision Medicineの進展とともに、医学・創薬研究の場におけるヒト組織の研究利用はますます重要となってきています。しかし、日本ではこのような研究を積極的に進める態勢は十分に整っていませんでした。厚生科学審議会の答申(手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方について―医薬品の研究開発を中心に―〔平成10年12月16日〕)に基づいて、外科手術時に切除された組織を保管し研究に提供するシステムは存在していましたが、到底研究の需要を満たすものとはなっていませんでした。早くから日本人のヒト組織の提供システムの確立を目指してきたHABは、移植に用いられなかった臓器を、遺族の承諾を得て、匿名化したうえでバンキングするシステムの構築を考えました。これは、海外で実際に運用されているシステムを参考にしたものですが、そのようなことは、「移植に用いられなかった部分の臓器」を焼却処理するとしている現行法(臓器移植法9条・同施行規則4条)の趣旨と相容れないとされ、実現に至っていません。
日本のヒト組織利用の研究態勢の遅れは、研究者の活動に対する社会的理解が十分得られていないことにもよります。今から10年前に、日本学術会議では、「ヒト由来試料・情報を用いる研究に関する生命倫理検討委員会」における審議を経て、大規模な公的ヒト試料バイオバンクの設立を国に要求するという「要望」を出す動きがありましたが、バイオバンクが「公共善」であることが示されていない、研究至上主義、功利主義的な科学者のエゴイズムに見えるという批判が強かったために、現実のものとはなりませんでした。さらに、2007年の「ディオバン事件」、2014年の「J-ADNI事件」など、臨床研究者の不正疑惑は、研究者への信頼を大きく傷つけることになり、ついに、臨床研究法が成立するまでになりました(平成29年法律第16号)。
わが国でヒト組織の研究利用を進めるためには、医学・創薬研究が人々の権利・福利と人間の尊厳のための営みであることについての日本社会の理解と支持が必要でありますが、そのためには、研究者が、基礎から臨床まで様々な研究を行うに際して、法令だけでなく倫理的ルールを遵守していることが必要であります。特に、固有の尊厳を有すると考えられているヒト由来試料を用いた研究については、事情はかなりセンシティブになっています。
以上のようなことから、HAB研究機構は、現在の法令、倫理指針の基礎・概要・適用についての情報を提供するために、HABのホームページに上智大学町野 朔名誉教授の協力を得て「研究倫理の基礎知識」を設けることとしました。
◎参考文献
町野 朔、ヒト細胞・組織の研究利用の倫理的・法的基礎、レギュラトリーサイエンス学会誌、vol. 6-1: 65-70 (2016)
バイオバンクの展開-人間の尊厳と医科学研究-(奥田純一郎、深尾 立共編)上智大学出版(2016)